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憧れのクロ181

 投稿者:燕号  投稿日:2012年 5月18日(金)00時30分20秒
返信・引用
   こんばんわ、燕号です。
 ボンネットを撮るきっかけは山陽特急のパーラーカークロ181を撮らなかった事がきっかけです。撮ろうと思えば撮れた筈なのですが、当時は蒸機しか眼中に無く、フィルムも又貴重で電車を撮る余裕はありませんでした。後日、それが心に残っていてボンネットを撮り始めました。でも、そんなに夢中になってた訳でも無く、気が付けばスカートの切り欠き、密連化改造でオリジナル車輌が激減してから多少本腰を入れた程度です。ラッキーだったのはSL「北びわこ」運転区間には「しらさぎ」「加越」などきれいなボンネット編成が走っていた事で、蒸機と共に楽しめました。あきらさんの「しおじ」パーラーカー羨ましいです。更に一番下の「しおじ」はチャンピオンマーク付きですか?

 岩橋孝治さんの写真は「炭鉱(やま)は夕暮れ」だったでしょうか、仲間の方と炭鉱をテーマの写真を発表されてたと思います。私も記事程には記憶に残っていませんが。

 カラーにもモノクロにもそれぞれの良さがあると思いますが、私も撮影の軸足は徐々にモノクロに移ってゆきました。写真集や蒸機誌の影響もあったと思いますし、トライXとの出会いもありました。高感度で押しが利く(露光不足でもそこそこ見れる写真が撮れる)、このフィルムとの出会いは、撮影領域を広げてくれました。しかもD76現像で得られる像は全紙くらいなら全く問題にならなかったと思います。撮影は基本モノクロで、きっちりと撮れる時間が確保出来る時には+カラー写真となりました。そう言えば'74年冬の北海道では何故かCPS(コダカラープロフェッショナルタイプS)がブームでしたね。その後はさっぱり聞きませんが。

 大木さんの写真は大好きです。自分にあの写真が撮れるとは思っていませんでしたが、意識して真似てた部分はあります。「北辺」ではありませんが、肥薩線の写真も良いですよ。プレスアイゼンバーン型式シリーズD51Vol.3の肥薩線は殆ど大木さんの写真で占められています。これは凄い事だと思います。写真自体はきっと他の本等でも見る事は出来ると思いますよ。

 一時はカメラ4台、三脚2本を使って撮ってました。俯瞰の時なんか先ず三脚2本上げてセットして、カメラを取りに戻り、再び担いで上がるなんて事してました。デジタルになってモノクロ、ネガカラー、リバーサルの区別が無くなって撮影も身軽になりました。デジタルの恩恵の一つです。

 添付は「とき」、「しらさぎ」と金沢機関区でのC57、C56です。実は蒸機を撮っていたこの時、隣の金沢電車区?にはボンネット車輌編成が留置線を埋める如く停まっていました。機関区を訪問する為の陸橋から撮れたにも関わらず撮ってない。山陽特急と同じ事をしてしまいました。
 
 

Re: 水を張った水田がいいですね

 投稿者:DF50  投稿日:2012年 5月17日(木)23時46分3秒
返信・引用
  > No.9205[元記事へ]

あきらさんへのお返事です。

> DF50さん
> 指宿とは鹿児島県でも端っこのまた端っこじゃないですか!?
> でも毎週のように北に南に神出鬼没のDF50さんなら
> 日本のどんな遠い処まで行かれてももう驚きませんわ(^^

さすがに、先週は大人しくしてるつもりだったのですが、何度も出撃を見送った指宿枕崎線のマヤが日曜日に運転されるとの情報を得て、飛んで行ってしまいました。

> マヤは此の区間のためだけに、あんな場所にヘッドライトを増設してあるのでしょうかねぇ!
> 他にも機回しできないような所が結構あるのかもしれませんね。

機関車列車がレアケースになった現在では機回し設備は撤去されていく傾向のようです。
九州でもそういった所が増えていっているのかもしれません。

> 自分は昨日晴れそうだったので、何を撮るでもなしに福知山線で遊んでいました。
> 収穫は日ごろ望遠レンズばかりで撮っていた所が、けっこう引きでも良さそうで
> 意外と国道も目立たないことに気づきました。

この引きの写真いいですね。水を張った水田の存在感が強く、「国道ってどこ?」と捜してしまうぐらい道路の存在が目立ちません。
これが冬なら国道が目立ったかもしれませんね。
この作品を見ていると、水田を絡めた写真を写したくなりました。

鹿児島では、帰りの飛行機までの時間を利用して、ED76を写しました。ここは鹿児島中央から1駅ですが、山深い所です。
気が付けば国鉄型の交流機も少なくなりました。
 

今さらGW~

 投稿者:D51499奈  投稿日:2012年 5月17日(木)23時13分41秒
返信・引用
  いつも遅ればせながらですが…
今頃、GWの画像整理してます~(^^ゞ

湖西線で日本海から福知山線へ転戦。桜の時期を外した磐西…(T_T)
スローライフも久々~。撮影地も平和で、撮影モードもスローライフ~♪
まったり楽しめました。」
 

ほんとユニークですね!

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月17日(木)17時35分3秒
返信・引用
  DF50さん
指宿とは鹿児島県でも端っこのまた端っこじゃないですか!?
でも毎週のように北に南に神出鬼没のDF50さんなら
日本のどんな遠い処まで行かれてももう驚きませんわ(^^

マヤは此の区間のためだけに、あんな場所にヘッドライトを増設してあるのでしょうかねぇ!
他にも機回しできないような所が結構あるのかもしれませんね。
嘗ての倉吉線の終着駅山守もそうだったような気がします。

自分は昨日晴れそうだったので、何を撮るでもなしに福知山線で遊んでいました。
収穫は日ごろ望遠レンズばかりで撮っていた所が、けっこう引きでも良さそうで
意外と国道も目立たないことに気づきました。

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

ボンネットと言えば

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月17日(木)16時54分50秒
返信・引用
  FOPさん
私が鉄道写真を撮り始めた頃、ボンネットは“こだま”型とか言ってました。
「つばめ」が最後になると言うので近所に撮りに出掛け
“こだま”型が来ると思ってずっと待っていたら583系の電車がやって来て
何気なく名板を見ると「つばめ」なんて書いてあるものだから
慌ててカメラを構えたものの後の祭り(;_;)
フレームの端っこのほうに何とか「つばめ」の嘴くらいは写っていました(^^ゞ

L特急で幾らでも走っていたので本当にボンネットって前出以外の写真は撮っていません。
それが全滅とは、また遠い過去のお話しとなってしまったのですねぇ・・・

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

ボンネットの作品群!さすがですね(◎ ◎))

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月17日(木)15時41分54秒
返信・引用
  燕号さん
岩橋孝治さんの「出発前夜」読みました。
平凡パンチを読んでいたら連想ゲームで鉄ちゃん=ヌード写真と答えられてしまうと言うあれですね(^^
印象に薄かったのは、あの頃少し奥手だった高校生の自分には
ちょっと大人の世界のように感じて居たのだと思います。
札幌のカメラ店でジッツオの三脚を薦められたと言うあの記事は覚えています。
「今度は本当に大丈夫?」と押さえて、店員さんに「勘弁してください」と言われたとか
本当にあの方の記事は自分にも身に覚えのあるような事を面白ろ可笑しく書かれてあったので
いつも興味深く読んでいました。
写真は・・・どんな作品だったか?あまり印象に残っていません(^^;

写真は早大鉄研の方達のモノクロ写真に魅かれていました。
燕号さんも大木茂さんのファンだったなんて大感激です!
カンジキを履いて雪の稲穂稜に挑む記事は読んでる最中に腰の辺りがムズムズするくらいの興奮を覚え
私が今でも機会あるごとに俯瞰写真を撮るのはあの記事に影響を受けているからです。
出版物は何と言っても「北辺の機関車たち」で、私のバイブル的存在でした。
私はあの写真集に衝撃を受けモノクロ一辺倒の撮り方に変わってしまいました。
ブルトレブームの頃からが鉄道写真もカラー写真のほうに移行していったように思いますが
燕号さんの、夕立のあとの惣郷橋や宮崎駅ホームからの夜景機関庫などの魅力ある作品を観せて貰うと
カラー写真の良さを改めて思い知らされます。
自分にはあのような素晴らしい作品を撮ることは出来なかったでしょうけれど
それでもちょっと後悔してしまいます。

何せ私は出発前に持ち物リストを作るどころか撮影地の計画も立てずに旅行に出掛け
行き当たりばったりの撮影行を続けていたユルユル鉄ですから(^^ゞ
これは今でも変わらず、同行の友人に「今日はどんなのが来るの?」なんて聞く始末です。

ボンネットの写真って、自分にはこんな↓ブレブレのものしかありません(-_-)
ホント自分のこの趣味の薄っぺらなことがバレバレですわ(^^;

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

ひたち

 投稿者:燕号  投稿日:2012年 5月17日(木)00時07分15秒
返信・引用
   こんばんわ、燕号です。
 「白鳥」は電車化のおり半年間だけ100番台で、その後200番台に変更され、その状態が長く続きましたが、何時の間にか(C62が復活した頃には)100番台に戻ってましたね。北海道の帰りに青森で発車待ちの間に余ったフィルムで撮りました。特筆されるのは「ひたち」でJR化前に勝田に0番台が集められ「ひたち」のクハは全部ボンネットと言う状態がそれから数年続きましたよ。
 ボンネットにとって幸運だったのは、特急の短編成化による先頭車不足と客室定員が少ない事から比較的編成の長い特急に使われた事ですね。九州を除けば、最後まで特急らしい編成のトップを飾れたと思います。

 添付しますのは常磐線平(現いわき)駅での「ひたち」と青森駅で「白鳥」、青海川通過の上沼色「白鳥」です。
 

指宿枕崎線のマヤ

 投稿者:DF50  投稿日:2012年 5月16日(水)23時00分56秒
返信・引用
  先週の日曜日は、指宿枕崎線に入線したマヤを写しに行きました。
指宿枕崎線といえば、鹿児島湾と開聞岳ですが、当日はどん曇りで水平線は見えず、開聞岳も霞んでいました。
指宿枕崎線のユニークなところは、終点枕崎で機回しができないので、途中の西頴娃までマヤを先頭にした推進運転をすることです。マヤにはヘッドライトも付いています。(一番下)
 

ホントに

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月16日(水)21時41分28秒
返信・引用
  JR近畿オーナーさん
もう少し早く塗色の一色化の話があれば餘部鉄橋でタラコを撮れたことになりますね(^^
播但線のタラコは何度となく見ていますが本当にいい色に仕上がっています。
湖山にいるのと同じようなので、浜坂あたりだと両方撮れるから
まだまだ兵庫鳥取県境はおもしろそうです(^^v
スローライフなんかが引き金になって、これからもっと注目されるかもしれませんね。

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

直ってますね

 投稿者:FOP  投稿日:2012年 5月16日(水)20時58分58秒
返信・引用
  最後の廃車回送ということで解体が行われる松任近辺ではかなりの見送りが多かったらしいですね。

思えばこの外観は「国鉄」そのものでした。まだ東海道新幹線すら開通していなかった頃でも
151系としてこのボンネット型のデザインは脚光を浴びていたようですし・・・
一昨年の能登の臨時化で何度も北陸方面に行きましたがもう二度と撮れない現実を受け入れたくはないですねぇ。。

燕号様
この頃はボンネットで当たり前だったみたいですね。
しらさぎ・雷鳥・白鳥・加越・北越・白山・・・・
全部廃止されたか全車681・3系化されてしまいました。

http://www.justmystage.com/home/fop/newpage1.html

 

機罐車

 投稿者:燕号  投稿日:2012年 5月16日(水)12時22分26秒
返信・引用
   こんにちわ、燕号です。
 何を隠そう私は大木茂さんの大ファンでして、「機罐車」は発売と同時に購入しました。勿論「北辺の機関車たち」も持ってますよ。光線の使い方が上手いと言うか、C62重連小沢駅のバルブでも凍りついた雪表面のザラザラ感と引き締まったC62の黒が凄いです。
 某サイトの掲示板で大ファンである事を記しましたら、大木さんもHNで参加されていた様で、その後丁寧なメールを頂き、感激でした。
 本を通して私の写真に大きな影響を与えたのは大木さんと松本謙一さんでした。大木さんからはフレーミングを松本さんからは狭いファインダーの中でも列車編成の全てを観察する大切さを教えられました。蒸機無き後、撮影対象となったのは旧型電機、国電やDLでは無く路面電車とクハ181や481の0番100番でした。ポールやビーム、架線と言う厄介な工作物をどう処理するか非常に参考になりました。先頭車や最後尾車の位置、パンタとポールの位置関係をファインダーの中で、観察しながらシャッターを切る様に心がける様になりました。

 岩橋孝治さんの「出発前夜」はNo.37です。宿のくだりは確か「嗚呼、三台目」ではなかったでしょうか?何号だったか忘れてしまいましたが、北海道で三脚が壊れ、札幌で店主にジッツオを薦められながら、費用の関係から、国産の店主曰く「こんなのグラグラしてダメですぜ」と言う三脚を購入。ところが本当に使用初日に壊れ、又札幌の違う店で三脚を買うハメになると言うストーリだったと思います。

 「ギラは寝て待て」ですか、羨ましい限りです。私にはそんな心の余裕は有りませんでした。ダイヤにはさながら競馬新聞の如く朱が入っており、どの列車で移動すれば、移動途中で蒸機との交換が無く、一本でも多く撮れるか検討してました。学校の試験でもこれ程熱心に集中して勉強していれば、もう少しマシな成績だったろうと思います。根が、貧乏性と言うかなんと言うか。友達と撮影地での合流を約束していても、撮りたい列車があればスッポカしてそちらに行ってしまう。彼らからは今になっても「あん時、お前は来なかった」といじられます。

 FOPさんの書かれている様にボンネットの終焉が来たのならファンとして淋しい限りです。今回添付しますのは、趣向を変えてボンネッで。一枚目は吹雪で構図もへったくれも無く、考える間も無く、突然雪のカーテンの向こうから姿を現し、慌てて撮った一枚。二枚目は計算してたんですが、架線の影がボディーにかからなかったのは計算外でした。三枚目は北びわこ号の撮影の帰路名古屋駅で偶然見かけたクハ489-1です。
 
 

携帯から生中継カラオケ⇒Tel

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月16日(水)10時52分59秒
返信・引用
  福知山線に来てます。
朝方は曇ってたので少し心配でしたが、晴れ晴れてきました^皿^チョキ
曇っていたので1号と6号は撮らないでコンビニで買い物をしてました。
次の一本(5号?)を撮ったら登って来ますくつ山
ここも木が伸びて三脚を伸ばさないと撮れなくなってきましたわ。
 

撮影に出るときは

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月15日(火)21時31分33秒
返信・引用
  燕号さん
すみません「出発前夜」の記事は覚えていませんm(_ _)mが
岩橋孝治さんの記事って、いつも面白くて好きだったのできっと読んでるはずです!
私は、どこか遠いところへ撮影に出るときは、たいていの場合は夜に出発していたので
用意するのは出発する日のお昼間にしていたので出発前夜の記憶がないです(^^ゞ
懐かしい名前が出たついでに、つい最近 大木茂氏の「機罐車」という写真集を購入しましたよ(^^

暗室作業は、小さな部屋に暗幕を張って作るインスタント暗室で
近所の幼馴染みと一緒にする時なんかはホンマの蒸し風呂でした(^^ゞ
隣の部屋のクーラーをガンガンにかけて
一枚焼き終わると暗幕を上げては扇風機で冷気を中に入れては
再び暗室の中に意を決して入るといった感じでした。
冬は何て言う名前か忘れましたが現像液パッドの下にステンレス色の保温器を置いてました。
定着液はパッドの中に棒状のヒーターを入れてたものだから
電気線だらけのタコ足配線で、狭い所にこれはこれで不便でした。

確かに夏場は撮影も大変でしたが、私は根性がないもので
暑い日は写真そっちのけで、どこか日陰の涼しい所を探して
一日中そこに居たりしていました(^^ゞ

そう言えば、常宿の宿でみんな撮影に出掛けたのに
曇り空だと思い一人だけ遅くまで寝ていたら宿屋のおばさんに起こされ
外を見てみたら晴れていた!と言う内容の記事も岩橋孝治さんの記事ではありませんでしたっけ?

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

と言うことで

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月15日(火)20時25分31秒
返信・引用
  たくボンさん
今朝の5時過ぎに丹波高地を上って行ったみたいですよ(^^
5月12日は明るくなってから豊岡に入ったみたいですね。
全然知らなかったです。

今朝は自分も晴れてれば出撃予定をしていたのですが
どう考えても走行写真を撮れそうなお天気になりそうもなかったので
とりあえず早くは起きたのですが、空模様を見て行くのを止めました。

日のある時間帯に福知山線でDDの走行写真を撮りたいですねぇ(^^

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

ごめんなさいm(_ _)m

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月15日(火)20時16分31秒
返信・引用
  FOPさん
私のせいです(^^ゞ
同時に送っちゃったみたいです。

また国鉄モノが逝っちゃったみたいですね(;_;)
今日のDD工臨に行かれたんですか?

↓何の脈絡もないのですが突然のRESSだったもので(^^;

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

スローライフ

 投稿者:あきら  投稿日:2012年 5月15日(火)20時08分40秒
返信・引用
  いこちゃん
九州→山口→智頭とホンマによう動いておられますなぁ!
また因美線のイベント列車を撮りに行ってるのに智頭急行のほうを撮ってるとは
如何にも いこちゃんらしいですわ(^^

自分は此の山には3年以上行ってませんが
駐車場奥の細道の雑草は邪魔になりませんでした?

いこちゃんとこのHPの表紙の“びわ湖バレー”俯瞰も素晴らしいですね!!
私はXPのPCが壊れてしまって、いまHPの更新ができない状態なんです(;_;)
こうなるとwindows7って互換性に乏しくて、けっこう不便です。

http://www.h3.dion.ne.jp/~mappare/

 

Re: ボンネット489系の全滅

 投稿者:FOP  投稿日:2012年 5月15日(火)20時07分37秒
返信・引用
  > No.9191[元記事へ]

あれ?? 何この智頭急行の画像?? ちょっとおかしくなってますね。

http://www.justmystage.com/home/fop/newpage1.html

 

ボンネット489系の全滅

 投稿者:FOP  投稿日:2012年 5月15日(火)20時06分20秒
返信・引用
  今日聞いた話ですが
金沢区(運用検修センター)に留置されていた最後のボンネット489系が松任に
廃車回送されたと。

一昨年の能登の臨時化で定期運用から撤退してからは細々とした臨時運用のみでした。
先日糸魚川方面を映画の撮影の為に借り出されて運行されたのが最後でした。

もう撮れることは叶わなくなったという覚悟は去年あたりからできていましたが
いざこの現実を目の当たりにするとやりきれない思いが漂います。
時代の流れだと言ってしまえばそれまでですが・・・・

http://www.justmystage.com/home/fop/newpage1.html

 

タラコをたらふく…

 投稿者:JR近畿オーナー  投稿日:2012年 5月14日(月)22時51分14秒
返信・引用
  たいへんご無沙汰しております(毎回この書き出しですね)。
土曜日に因美線のスローライフに行き、翌日は餘部近辺でタラコを「たらふく」撮ってきました。
山陰線もタラコが増え、豊岡(播但)カラーのほうが少なくなってきたようです。
餘部鉄橋が存命?中にこうなれば良かったのですが。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~jr-kinki/

 

出発前夜

 投稿者:燕号  投稿日:2012年 5月14日(月)21時11分31秒
返信・引用
   こんばんわ、燕号です。
 カメラの記事は覚えておりませんです、スミマセン。私は岩橋孝治さんの「出発前夜」と言う一文が妙に記憶に残っております。渡道するに「はつかり」号を使うのですが、隣の席に妙齢の女性がきたらどうしようとかグダグダやってるうちに、時間が押してきて結局、準備の最後は「後は野となれ山となれ」になってしまうと言うものです。私も準備はリストとか作って進めても、結局は「後は野となれ」になるのが落ちでした。

 全紙のパネルには月光の中厚、半光沢を使ってました。自宅の暗室は物置きを改造した物で換気扇が無く、夏は蒸し風呂状態でした。人間も大変でしたが、それ以上にネガに汗や指紋を付けない様にするのが大変でした、冬は寒くても焼けましたが、現像液等のパッドは恒温装置等は高級品は買えず、変わりに熱帯魚の水槽に入れるヒーターを使っていました。そのうち放置してても水温が20℃をキープする春と秋にしか焼かなくなりました。
 当時のパネルは今も残してはありますが、押入れの中なのできっと変色してしまっている事でしょう。

 夏の撮影は本当に「早起きは3本の得」でしたね、夏のトップライト下の撮影では暗部の潰れが酷く、朝夕の斜光線での時間帯が勝負でした。藪こぎは大変ですし、訳の判らない虫も一杯いますし、煙は期待出来ない。でも撮れるうちに撮っておかないと、次がある保証も無いので贅沢も言っていられませんでした。蒸機の撮影は意外と汚れ、一日風呂に入らないと、汗と埃と煤で顔も服も汚れ、しかも自分では気づいていない。移動の為に駅に辿り着き、何気なく鏡に映った自分を見てヒエーとなる事がままありました。
 

以上は、新着順1番目から20番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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